吃音ノート

吃音および関連分野について考えます

思い出の吃音者

私はかなりの数の吃音者を見ている。
正確に数えていないが、少なくとも30名以上の吃音者を見ていると思う。

高校時代、T君と同級だった。
彼は貧しい母子家庭の子だが、頭がよく、成績優秀だった。
しかし重度の吃音があり、難発時に唇などがブルブル震えた。
会話に加わることはあまりなかったが、いつもにこやかな表情で、ひょうひょうとしていた。
彼のそういうところは私も見習わなければならないと思った。
彼は国立大学に入ったが、その後、鍼師になったと聞いている。

私は方々をわたり歩いたが、関西方面でN君を知った。
彼は重度の吃音があり、難発時に唇などがブルブル震える。
私が身近に知っている限りでは、日本には少なくとも2人の横綱級の吃音者がいて、東の横綱はT君、西の横綱はN君と思われた。
それでN君を「西の重吃王!The King of・・!」と呼んだら、苦笑いしていた。
公務員で、水質の検査・管理の仕事をしていた。
彼は自分の意思を貫く性向があると思う。
定年で退職し、「蝶を追って暮らしている」という手紙がきた。
蝶の採集に熱中したようだ。
その後、「断捨離します」という手紙が届き、さらに彼女ができたという連絡もきた。
彼も今まで苦労しただろうと思う。
しかし坦々とふるまい、よく笑っていたのが思い出される。

関西方面のT'君も公務員だった。
彼の吃音はそれほどひどくないが、吃っていることはすぐに見て取れる。
正直で、社交的で、いたずらっぽいキャラクターで、結構なプレイボーイだった。
その武勇伝を私もちょっと聞かされている。

関西方面のH君は食品を販売する家に生まれ、その仕事を継いでいる。
彼は初対面の人とは吃らずにすらすら話す。
しかし私とリラックスして話す時はかなり吃る。
その吃り方は特徴がある。
一見連発のようだが、難発から派生した連発様の話し方と思われる。
難発の継続時間が短いので、軽い連発のように聞こえる。
伸発もあった。
彼は趣味でチェロを弾く。
私はたまたまバッハの無伴奏チェロ組曲第4番の楽譜をもっていたので、これを弾いてくれと頼んだ。
彼はぎこちないながらもていねいにゆっくり演奏してくれたので、聴いていて発見があり、おもしろかった。
一緒に奈良の薬師寺に行き、夕暮れ時に聞いた鐘の音は忘れがたい。
ヨット遊びも懐かしい思い出だ。
彼も明るいさばけた感じの人だった。

関東方面のW君?(名前を忘れてしまった)とは工場で知り合った。
彼は私と話す時にさほど吃っていなかったが、私は吃音者なので相手の吃音はすぐにわかる。
私も吃ることを彼に伝え、彼と親しく話すようになった。
彼は以前の工場ではステンレスの加工が多かったという。
それで私は「これからはあなたをSUS304のWと呼ぶ」といった。*1
彼は苦笑した。
彼もクラシック音楽を聴くという。
ブルックナーが好きだという。
私は古典派以前を聴くが、ロマン派以降はあまり聴かない。
彼は私とは話すが、他の同僚とはあまり話さなかった。
吃音を隠そうとするからだろう。
それで他の同僚は何でこちらとは話さないのだろうと、彼に疑念をもつようになる。
無視されていると思い、彼に反感をもつようになる。
私は同僚に彼のことを訊かれ、「W君は吃りがあるから話しづらいんです」と伝えた。
同僚は驚いた表情を見せた。
彼は1カ月もたたずに唐突に退職してしまった。

息苦しい文が多かったので、息抜きになりそうな文を入れた。
しかしプライバシーの問題があるので、こういう文はもう書かない。

このブログは息苦しいと自分でも思うので、息抜きの音楽を入れてもよいかと今思いついた。
試しに入れてみよう。


Stranger On The Shore ~ Acker Bilk ~ (1961)

youtu.be


*1
ステンレスは合金で、混合する素材の種類や比率によって多くのものがある。
SUS304はさびにくいステンレスの代表といってよい。